札幌地方裁判所 昭和42年(行ウ)23号 判決 1968年9月02日
原告 岩尾弘
被告 北海道労働基準局長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告は、「被告が昭和四二年一一月九日北基収第一八七三号をもつて、原告の昭和四二年一〇月一三日付審査請求につき為した裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。
(一) 原告は昭和一七年五月以来北洋相互銀行(以下これを訴外銀行と略称する)の従業員であり、同銀行従業員(労働)組合(以下これを訴外組合と略称する)設立以来の組合員であるが、訴外銀行は虚偽の事実を捏造して、昭和三三年六月一日付で原告を同銀行増毛支店長代理より本店の平職員に降職の不当配転をした。しかし、右配転は労働協約(昭和三二年七月二四日締結)第一八条、第一九条および就業規則(昭和三二年一二月一日改正実施)給与規定(四)役付手当Eの職制および手当の条項に違反するものであるので、訴外組合は、訴外銀行がなした右の如き労働協約、就業規則に違反した配転は労働基準法(以下法という)第二条第二項に違反するので、法第一〇二条、第一〇四条により、留萠および札幌の労働基準監督署に申告(以下これを本件申告と略称する)したが、両署は何等の回答もなされないので、原告は昭和四二年一〇月一三日付をもつて、被告北海道労働基準局長に対し、行政不服審査法第七条に基づき審査請求をなしたところ、被告より、昭和四二年一一月九日付北基収第一八七三号をもつて原告に対し、「北洋相互銀行労働組合が留萠及び札幌の監督署に訴えたとする事実は当局の調査によればこれを明らかにすることは出来ない。」旨の裁決(以下これを本件裁決と略称する)がなされた。
(二) しかし、右裁決は、前記の通り訴外組合が本件申告をなした事実はなかつたと認定している違法があるので、その取消を求める。
被告指定代理人らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対し、次のとおり述べた。
原告主張の日に「審査請求書」と題する文書が提出されたこと、これに対し被告が原告主張のとおりの回答をなした事実は認めるが、訴外組合が本件申告をなした事実は否認し、その余の事実はすべて争う。現行法上、労働者又は労働組合が、不当配転を理由として、労働基準監督署に不服申立、救済申立等をなしうる根拠は全くなく、法に定める申告(同法第一〇四条)は、刑事処罰の発動を促すためのものであつて、行政不服審査法第二条第二項にいう法令に基づく申請にあたらない。
従つて原告の提出した審査請求書と題する書面は、法令に基づく申請がないのに提出されたもので、適法な審査請求とはいえないから、被告においてこれに応答する義務はない。右書面に対する被告の回答は、原告の右書面を単なる照会を求めた書面と善解してなした単純な通知行為に過ぎず、裁決でないから、原告の本訴請求は失当である。
(証拠省略)
理由
一、成立に争のない甲第一号証と弁論の全趣旨によれば、訴外組合は、訴外銀行が原告に対しなした同銀行増毛支店長代理から本店の一般職員に配転した事実につき、留萠労働基準監督署および札幌労働基準監督署に何らかの申立(以下これを本件申告という)をなした事実がうかがえる。
そして前掲甲第一号証によると、原告は右両監督署がそれにつき何らの処分または回答をしないことを不服として、被告に対し審査を請求する旨を記載した審査請求書を提出したことが認められるところ、被告が原告主張のような回答をなしたことは当事者間に争がない。
被告は、本件申告は法令に基づく申請にあたらず、従つて右審査請求は申請のないところに提出された不適法なものであつて被告の応答義務を生ぜしめるものではないから、これに対する本件被告の回答も単なる通知行為であつて裁決ではないと主張するが、原告の本件審査請求の性質がいかなるものであり、これに対する応答義務の存否如何はその審査請求の内容についての判断事項であるところ、弁論の全趣旨によれば、原告の本件審査請求の要旨は、一応原処分庁(留萠および札幌の両労働基準監督署長)に不作為があると主張してその是正を求めようとするものであると解し得るのに対し、被告の本件回答は、原処分庁に作為義務を生ぜしむる様な申告(訴え)がなかつたという事実調査結果の通知という表現をとつてはいるが、結局原処分庁に不作為がないとの理由により原告の右是正を求める請求を却下する意思表示を包含するものと解し得るから、単なる通知という事実行為に止まらず右不服申立に対する行政上の判定行為たる裁決としての性質を有するものと解すべきである。
二、そこで本件裁決の当否につき判断するに、原告の全立証をもつてしても、本件申告の内容が原処分庁に何らかの行政処分を求めるもの、すなわち行政不服審査法第二条二項にいう法令に基づく申請であつて原処分庁に作為義務を生ぜしめる性質のものであつたことを認めるに足る証拠はない。
原告は、訴外組合がなした本件申告は、法第二条第二項違反を理由とする法第一〇二条、第一〇四条の規定に基づく申告である旨主張するが、法第二条第二項は、労働者および使用者が労働協約、就業規則、労働契約を遵守し誠実に各々その義務を履行しなければならないという一般原則を宣言した訓示規定であつて、右の義務違反に対し、労働基準法上、原処分庁に行政処分をなす権限が生ずる性質のものではないというべきであるから、法第二条第二項違反を理由とする法第一〇四条の規定に基づく申告がなされても、原処分庁は何らの行政処分をなすこともできないから、訴外組合のなした本件申告は原告の主張するところによつても行政不服審査法第二条第二項にいう法令に基づく申請ということではできないし、法第一〇四条の規定による申告は、被告の主張するごとき単に刑事処罰発動を促すためのものではなく、法第一〇一条、第五五条等の行政上の権限の発動を促す場合をも包含するものと解せられるけれども、いずれの趣旨の申告であつても、法第一〇四条の申告は監督官庁の職権の発動を促すに止まるものであるから、この意味でも、行政不服審査法第二条第二項にいう法令に基づく申請にはあたらないといわなければならない。また、法第一〇二条には、労働者または労働組合が原処分庁に対し何らかの申請をなしうる旨の規定はないから、訴外組合が同条に基づき申告をしたとしても、前記法令に基づく申請があつたということはできないものというべきである。
されば、結局において原処分庁に作為義務のないことを理由に本件審査請求を却下した本件裁決は適法であるから、その取消を求める原告の請求は理由がない。
三、また原告主張の本件審査請求は、単に被告の前記留萠および札幌両労働基準監督署に対する監督権の発動(右職権の発動を促したに拘らずこれをしないことに対する)を促す趣旨の申立とも解しうる余地があるが、そのような上級行政庁に対し一般的監督権の発動を促すにすぎないものに対しては上級行政庁はこれに対し裁決をもつて応答すべき義務はないものと解すべきであり、それに対し、上級行政庁がその申立を却下する旨の応答をしても、その応答は、その監督権を発動しない旨の観念の通知に止まり、何ら法律行為的処分として申立人の法律上の地位を形成する効力を有するものではないから、その取消を求めるために抗告訴訟は提起し得ないというべきである。
四、そうすれば、原告の本訴請求はその余を判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 潮久郎 松原直幹 吉原耕平)